その後、何年たっても、菜桜さんはファッションショーのことを覚えていた。折に触れ、「またやりたい」と口にした。だが、障がい者モデル向けのレッスンを受けるには東京まで通う必要がある。経済的に厳しかったため、由美さんは応援したい気持ちを抑えて娘をなだめた。
転機は一昨年の2月。
「菜桜ちゃん出ない?」
友人から誘われる形で、静岡県内の百貨店で開かれた「障がい者モデルファッションショー」に参加することになった。出演が決まると、菜桜さんは「楽しみだね!楽しみ!」とうれしそうに毎日を過ごした。本番の衣装は、抜けるように白いロングシャツ。きびきびとステージを歩き、腰に手を当てて笑顔でポーズを決めた。
イベントで指導をした担当者が、静岡市で障がい者モデル向けのレッスンを開いていることがわかった。
「静岡なら通える!」
由美さんは出演後にレッスンを志願。それからは月2回ほどのレッスンに通いつつ、約2年間で計8回のファッションショーに出演した。
モデルとして、乗り越えるべき課題もある。カメラのレンズを見るときに視線が泳いでしまったり、カメラマンの指示をくみ取れなかったりする。筋力が弱いため、ウオーキングの姿勢は猫背になりがちだ。そうした課題を、菜桜さんは自分でも意識して克服しようとしている。目線や姿勢は少しずつ改善し、撮影時間は以前ほどかからなくなった。直近の撮影では、数分でOKが出たほどだ。
「少しずつですが、着実に向上している。経験を積んでいけば、障害があっても上達できると実感しています」(由美さん)
モデル活動をするようになってから、菜桜さんの様子に変化があった。YouTubeで他のモデルのファッションを見るようになったほか、おしゃれに興味が出たことで、「こんな服が着たい!」「髪は長いままがいい!」と意思表示をするようになった。ドラッグストアに行けば、化粧品コーナーの前で立ち止まるようになった。