『すいか』『野ブタ。をプロデュース』『Q10』......、これらの名作ドラマの脚本といえば、和泉務・妻鹿年季子夫妻によるユニット「木皿泉」。2人で共通のペンネームを共有する不思議な脚本家です。そんな彼らがはじめて小説に挑んだのが、『昨夜のカレー、明日のパン』です。

 第一話の『ムムム』に登場するのは、28歳のテツコとギフ、そしてムムム。テツコは、結婚からたった2年で旦那の一樹を亡くしてしまいましたが、結婚時から一緒に暮らしていた一樹の父・ギフとの生活を継続しています。働いては食べ、食べては眠ってと、ただただ日々を送るのです。最初に振り分けられたはずの役割は、今ではすっかり忘れ去られており、なぜ一緒に生活しているかといった理由も、かなり曖昧になってきたところ......。

 同作の魅力は、なにげない日々のなかにちりばめられた「コトバ」の心遣いが、読者の心に染わたる点ではないでしょうか。近所に住む、元客室乗務員。笑顔を作ることができなくなってしまったため仕事を辞めた彼女についたあだ名は、「ムムム」。機嫌が悪いならムッとした顔をすればいいのに、それを隠そうとするから、怒ったような困ったような眉をひそめたムムムという顔になってしまうため、2人は彼女のことを愛情をもって「ムムム」と呼んでいるのです。ムムムが笑顔を取り戻せるかどうかは、彼らの関心事の一つです。

 何か特別な言葉を用意するのではなく、日常のなかに垣間見える優しさが伝わってくる同作。肩の力を抜きながら読むことができる、不思議な一冊です。「もし、この作品がドラマ化されたら、キャスティングはどうする?」そんな妄想をしながら読み進めると、より楽しめるのかもしれません。