扶養照会は戸籍をたどるなど膨大な手間がかかる作業だ。それにもかかわらず、扶養照会が実際の金銭的援助につながるケースはほとんどないことがわかっている。厚生労働省が2017年に行った調査では、扶養照会をした約3万8千件のうち金銭的援助につながったのは554件と1.45%に過ぎなかった。
前出の稲葉さんは言う。
「扶養照会は生活保護申請のハードルを上げるだけで、有害無益であるといえます」
実は、そもそも扶養の照会は生活保護の前提条件ではない。稲葉さんはこう話す。
「厚労省は、民法に基づく扶養義務者の扶養が保護に『優先する』という規定が生活保護法にあるので、扶養照会を実施していると説明をしています。しかし、これは親族が実際に援助した場合は、そちらが保護に優先するという意味で、親族に問い合わせをすること自体を定めた条文はありません。扶養照会は法的な義務ではないのです」
■「連絡しないで」反故に
一方で厚労省は▽配偶者からDVや虐待を受けていた▽20年以上、音信不通▽親族が70歳以上──といった場合などは扶養照会しなくていいと各自治体に通知している。
ところが、この通知が必ずしも守られているとは言えない実態が、稲葉さんたちが募った扶養照会に関する体験談で明らかになった。病気を抱えた年金暮らしの母親に連絡が行ったり、絶縁状態だった両親に扶養照会が行き申請者が身の危険を感じたりするケースもあった。
何が起きているのか。大阪在住のシングルマザーの女性(35)が取材に応じてくれた。
「(元夫に)住所がばれてしまったので、うちに来られるのが一番怖いです」
そう心境を吐露する女性は、10年前に夫のDVが原因で離婚。4人の子どもを抱え、飲食店などパートを掛け持ちして頑張った。しかし昨年7月、病気を発症し仕事を続けられなくなり退職した。生活が苦しくなり、11月に地元の福祉事務所に生活保護の相談に行った。
対応した職員に事情を話し、元夫に扶養照会はしてほしくないと告げると職員は承知した。ただ、この時は手持ち金がオーバーしていたので申請には至らなかった。しかしお金が底をつき、支援団体ともつながったことで12月上旬、支援者と再び同じ福祉事務所に行くと前回と同じ職員が対応した。この時も女性は元夫に扶養照会をしないでほしいと念を押すと、職員は前回のことも覚えていて承諾した。女性は申請書の「援助者」を書く欄には、両親と兄の氏名と住所しか書かなかったという。