AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
* * *
神話の世界と現実を自由に行き来しながら、一つの物語として成立させる──。一見、無謀にも思えるアイデアだが、映画「水を抱く女」は、異質なものが結びつき生まれる幻想的な世界が不思議と心を捉えて離さない。昨年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した作品だ。
ベルリンの都市開発について研究をしているウンディーネ(パウラ・ベーア)は、恋人が別の女性に心移りしていく様子を目にして、悲しみに暮れる。だが、そんな彼女の前に純朴な潜水作業員クリストフ(フランツ・ロゴフスキ)が現れる。
「愛する男が裏切ったとき、その男は命を奪われ、ウンディーネは水にかえる」という“水の精”の神話をベースに、惹かれ合いながらも闇に引き込まれていく男女の姿を描いた。
心に残るのは、ウンディーネのまなざし、そして意志の強さだ。クリスティアン・ペッツォルト監督(60)は言う。
「ウンディーネの物語は、昔から語り継がれてきたものですが、こうした神話はつねに男性の視点で描かれてきた。男性が作り上げた“水の精”ではなく、一人の自立した女性として、彼女の視点から物語を作りたいと考えました」
代表作「東ベルリンから来た女」をはじめとするこれまでの作品でも、ペッツォルト監督は心の声に正直に生きる女性たちの姿を描いてきた。
「それは、自分の幼い頃の環境が大きく影響をしているのかもしれない」と言う。
ペッツォルト監督が幼少期を過ごした1970年代のドイツでは、現在とは異なり「男性は仕事、女性は家庭」という風潮が強く残っていた。郊外の小さな町で育ったペッツォルト監督にとって、家事を一手に引き受ける母はまるで監獄に閉じ込められているように感じられた。そうした女性たちを映画のなかで解放していきたいという思いがあるのだという。
「水を抱く女」では、カメラは美しくも荒々しい「水」そのものの豊かな表情も映し出す。ウンディーネは、水のなかを浮遊し、そして深いところまで潜り込む。