考えるように出来ているセトウチさんはやっぱり小説家なんです。僕はガキの頃から肉体派です。野山や川を舞台に駆け廻(まわ)っていたので、考えない訓練が身についたのです。その結果がなるようになって画家になったんだと思います。今回のセトウチさんの体調不良は考え過ぎから来たストレスで、肉体的疾患ではありません。ですから、僕は全然心配していません。考え過ぎを止めてお経でも上げてみて下さい。一晩寝たらケロッと治ります。僕はとっくに仕事に飽きています。だからセトウチさんのような疲れ方はしません。百歳のせいにするとストレスになります。百歳以下で死ぬ人が大半です。「ついに来た!」なんて思わないで下さい。来る時は来るでいいじゃないですか。98まで生きたんだから上等です。今のセトウチさんには小説より絵の方が元気になると思います。さあ、僕も百歳まで絵を描きます(笑)。

■瀬戸内寂聴「休んで、やっと体調が戻りました」

 ヨコオさん

 この度の、私の神経不調による半病気状態では、様々な御心配をおかけしました。御親切によく励まして下さり、度々やさしい見舞いのお手紙を下さり、ほんとに有難うございました。

 私は到って陽気で、苦労なしの様に見えますが、五十歳ごろ、神経病になり、デパートのエスカレーターが下がっているのに、下から上へ駆け上ったり、腕に持つ物を次々落として歩いたり、オカシな状態になり、完全な神経病にかかっていると宣言され、半年ほど養生したことがあります。

 そのお医者さんは、日本人では唯一フロイドの直弟子になったという古沢平作という方で、岡本一平一家の天才性を研究していられたので、私の「かの子撩乱」を読んで下さっていて、特別に診て下さったのです。もう七十ほどの御年輩で、隠居して、患者は全く診られていなかったのですが、「かの子撩乱」のおかげで診て下さることになったのです。

 週に一回、半年程、御宅に通って、すっかり健康にしてもらいました。

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