東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 テレビ朝日が公開した報道番組「報道ステーション」のウェブCMが「炎上」した。3月22日の公開直後からSNSで激しい批判を浴び、1日強で撤回となったのである。同局は担当役員らを厳重注意としたことを発表した。

 なにが起きたのか。CMは若い女性がカメラに向かって話しかけるスタイルで撮られていた。せりふのなかにジェンダー平等を掲げる政治家への揶揄(やゆ)があり、女性支援に逆行すると問題になった。報道ではそれが撤回の理由とされている。

 とはいえ問題の本質はより根深い。SNSで反発を招いたのは文言だけではない。制作者は「報道番組を見そうにない人々」の代表としてなぜ若い女性を起用したのか。その判断も問われていたのである。

 これは目に見える差別ではなく、いっけん見えにくい「無意識」こそが問題視されたことを意味する。テレビ局も映像作家も女性蔑視の意図はなかったかもしれない。硬い番組を新しい視聴者に届けたいぐらいの気持ちだったかもしれない。しかしその気持ちこそが「若い女性は硬い番組を見ない」という先入観を反映しており、今回はそこが見透かされて反発を招いたのだ。その構造をしっかり反省しなければ、同じ問題は繰り返されるだろう。

 この問題はエイジズム(年齢差別)やルッキズム(外見による差別)とも関係している。CMに出演する女性は、終始笑顔で「(赤ちゃんが)もうすっごいかわいくって」「化粧水買っちゃったの」と「かわいい女子」を演じ続けている。局側が新しい女性視聴者としてそんな姿を想定していたのだとすれば、そこにも無意識の欲望が透けて見える。

 女性を支援することは「かわいい女子」を支援することとは異なる。これは単純な話だが意外と勘違いされている。「かわいい」をポップカルチャーの代名詞にした国であるがゆえの弊害かもしれない。

 日本の女性は男性よりはるかにエイジズムとルッキズムに苦しんでいる。ジェンダー平等の推進はそこからの解放がなければ始まらない。「かわいい」を持ち上げることは、ときに女性支援に逆行するのである。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2021年4月12日号