声は聞こえているけれど……(イラスト/ナカオテッペイ)
声は聞こえているけれど……(イラスト/ナカオテッペイ)
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「聞こえているのに聞き取れない」という悩みを聞いたことはあるだろうか。近年注目されている「APD」(聴覚情報処理障害)だ。現在発売中の『「よく聞こえない」ときの耳の本 2021年版』(朝日新聞出版)から、当事者たちの苦悩を紹介する。

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 Aさん(25歳)が「自分は耳が悪いのかもしれない」と気づいたのは、念願の小学校教員になった直後でした。授業中の児童の発言は聞き取れるのに、休み時間の騒音の中では何を言われているのかわからない。校長の訓話も、途中から内容が理解できなくなる。しかし、耳鼻科で検査しても異常は見当たりませんでした。

 必死で聞こうと努力したAさんですが、自信を失い休職に追い込まれました。そんなとき、偶然みたテレビのニュースで「聞こえているのに、聞き取れていない」という障害が特集されていたのです。「自分と同じだ!」と感じたAさんは、国際医療福祉大学の小渕千絵さんのもとを訪ねました。

 AさんはAPD(聴覚情報処理障害)の症状をもっていました。音を聞き取る機能は正常にもかかわらず、雑音が多いと聞き取れない、指示を最後まで理解できない、耳だけで内容を覚えられない、などの困難が生じます。

 一般的な難聴の場合、音を集めて脳に送る「耳の中の伝達経路」のどこかに問題が起こって聞こえにくくなります。しかしAPDの場合、問題は耳ではなく、音を認知する脳にあるのです。

 脳の問題で聞こえにくい、とはどういうことなのか。小渕さんはこう話します。

「私たちは常にさまざまな音を聞いていますが、その中でも『注目すべき音』と『聞かなくてもいい音』を脳が区別して、大事な音に注意を向けて理解し、記憶しているのです。ところが生まれつきこれらの能力に弱点があると正しく聞き取れなくなります。それがAPDです」

 日本ではここ数年でようやくAPDの認知度が上がり、受診者も急増していますが、欧米では難聴と同じくらいAPDの研究も進んでいるそうです。

「日本の場合、大人になって仕事や人間関係に支障が出て初めて気がつく人が多いのですが、実際には幼い頃から症状があったはず。欧米では子どものうちにAPDを見つけてサポートする態勢が整っているので、特性に合った学習環境や進路選択が可能です。日本では単に『ボンヤリした子』『話を聞かない子』と思われ、叱られて自信を失うこともあります。早期発見はとても重要です」

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APDは「工夫」で乗り越えられる