■英訳されて内容がガラリと変わることも
由尾さんは翻訳作品に特化したデジタル文芸誌も薦める。「Granta」や「Words Without Borders」には日本人作家の英訳も定期的に掲載されている。
「オンラインで発表すると反響が大きいので、作家たちも好んで執筆に協力する時代になりました。私がルイーズ・ヒール・河合さんと共訳した川上未映子さんの『恥』(Shame)は、先に翻訳版がGrantaで公開されランキング入りも果たしました。今は翻訳のほうが早く世の中に出るという面白い現象も起きています」
由尾さんは、英語に自信がない人には中編の作品をすすめる。
「英米の小説はほとんどが長編で、日本特有の中編は珍しいものです。最近は芥川賞作品などの中編が多く英訳されているので、長編を読み切るのが難しい方は、まずは中編を探してはいかがでしょうか」
英訳版を手に入れたら、原書と読み比べてみるのも楽しい試みだ。日本語と英語のニュアンスの違いが発見できたり、日本を外から見る視点が育まれたりすることもある。
由尾さんはときには原書の解釈が変わってしまう翻訳もあるとして、小川洋子の『妊娠カレンダー』を例に挙げる。
これは妊娠中の姉の様子を、妹である「わたし」が観察して日記に記すという物語だ。この英訳がアメリカの雑誌「The New Yorker」に掲載されたとき、原書で描かれた複雑な家族構成や、日本の食べ物、行事に関する記述やシーンがいくつか省かれ、姉妹の関係に焦点が当たる構成に変わった。
「原作は妊娠した姉と『わたし』の関係を、家族の関わりなどを通して描いた作品ですが、英訳版では姉妹の関係に焦点が当てられ、自分が毒だと信じているグレープフルーツのジャムを妊娠中の姉に食べさせ続けるという、妹の『狂気』が強調されました。これは文化の違いなどを考慮し、編集者が大胆な改変を試みた例です」