元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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近所に自生するツワブキで蕗味噌を作り、厚揚げに挟んで食べた。かなり焦げたがサイコーの春の味(写真:本人提供)
近所に自生するツワブキで蕗味噌を作り、厚揚げに挟んで食べた。かなり焦げたがサイコーの春の味(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。思い出のつまった家を売りに出したものの、なかなかいい買い手が現れない。だが、焦りは禁物、良縁を待つのだと決めた稲垣さんのその後は?

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*  *  *

 というわけで、私はひたすら待った。

 というか、私が家を売りに出して程なくして世界は新型コロナ騒ぎ一辺倒になり、この先何がどうなっていくのやら全く不明という前代未聞の事態を前に、私も陳列台で棚ざらしになっている我が「かわいそうな家」の動向にばかり心を痛めているわけにはいかなくなっていたのだ。

 ま、早い話がほとんど忘れていたのである。

 今にして思えば、世間様だって「家を買う」どころの騒ぎじゃなかったわけで、冷静に考えるとタイミングの悪さったらない。でもそれに歯がみをする余裕すらなかった。というわけで、毎週定期的に送られてくる販売レポートも、特段のトピックスもないまま無為に歳月が流れたが、それはそれとして淡々と過ごしていたのである。

 そんなボーッとしたある日、数カ月ぶりに不動産屋様から携帯に電話が! 先方の明るい口調で、瞬時にこれは朗報と確信する。

 そう、待つこと約半年。ついに、ついに、まともな買い手が現れたのだ!

 何より嬉しかったのは、相手の方が、同じマンションに住む方の娘さんだったということである。ってことは、この我が愛する家の、地味だけどキラリと光る良さを、身をもってご存知の方ということだ。見合いに例えれば、家柄やルックスの良さに目がくらんだのではなく、その心根というか真心の美しさをわかって結婚を申し込んでくださったようなものである。親としてこれほど心躍ることがあるだろうか。まさに、私が待ち望んだ良縁が思わぬ形でやってきたのである!

 ただ不動産屋様がおっしゃるには、先方様は売り出し価格から100万円ほど値引きを希望されているとのこと。買った値段の5分の1からさらに100万引きというのはなかなかの割引率だが、私、驚いたことに「あ、いいですよ!」と即答していた。それほどこの良縁がありがたかった。

 そしてもう一つ、それには理由があったのだ。(つづく)

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2021年5月3日-5月10日合併号