「ベトナム戦争の戦場となった土地が、戦争を経て、どう変わったのか、知りたくて。ホーチミンからハノイへと北上。とくにアメリカ軍の激しい空爆を受けて、壊滅状態になったダナンの街で、人々が戦争をどう体験したか知りたかったのです」
激烈をきわめた戦争からほぼ半世紀、いたるところに戦跡が残されているものの、「想像以上にゆったりしている市民の暮らしぶり」を知った。ただ、戦争はそのさなかだけではなく、終わってからも人々に多くの犠牲や苦しみを強いる。生ある限り、見つめていかなければと思う。
「どちらの国も、食べ物は美味しく、素晴らしい文化を持っている。また訪れて、より深く知りたいと思っています」
3.11の記憶も風化させてはならないと、切に願う。10年を迎える今年の春は、例年にもまして朗読会を通して、今も苦しむ福島の人々の思いをすくい上げ、核の悲惨さを訴えたかった。しかし、こちらも、コロナ禍でほとんどが中止に。
「だからといって何も伝えられないというのは口惜しいので、レギュラー出演するラジオの中で、2週にわたって3.11特集を組みました。1回目は東日本大震災直後に訪れた陸中海岸や南三陸町の方々に、電話で10年の流れ、これからのことなどをうかがいました」
2回目は、原発事故のことや故郷の風景を詩で綴った福島県在住の詩人、和合亮一、佐藤紫華子(しげこ)、事故当時小学生だった小原隆史の3氏に電話をつなぎ、また3人の作品を朗読した。
「この10年間、復興が叫ばれてきたけれど、人々が望む本当の復興はまだまだのようです。とくに次世代を担う子どもたちに、原爆、戦争、原発、震災の被害を伝え続けていかなければ、と。来年も忘れないでいよう、この思いをそのまた先へつなげていこう、と強く思いました」
コロナは吉永さんのプライベートも変えたが、できるだけ平常心で過ごすことを心がけた。トレーニングのためのジム通いはままならなくなり、「その分、自宅周辺のウォーキング」を日課に、足腰を鍛えた。