福岡:教育用の安い顕微鏡でしたが、私は子どものころ、あんまり友達がいなかったので、「顕微鏡をネタに友達を家に呼んで自慢しなさい」みたいな意味で両親が買ってくれたんです。その顕微鏡で蝶々の羽を見たら、鱗粉という小さな小さな色の違うウロコが一枚一枚、モザイクみたいに敷きつめられた小宇宙が広がってたんですね。なんてきれいなんだろうと思って顕微鏡に吸い込まれて、ますます友達がいらなくなっちゃったんです(笑)。

林:あら、逆効果だったんですね。

福岡:それで顕微鏡オタクになって、顕微鏡の歴史を探りだしたんです。そして、高度な顕微鏡を最初につくったのは、今から390年ぐらい前に生まれたオランダのアントニ・ファン・レーウェンフックという人だと知ったんです。その人は学歴もない毛織物商人なんですけど、ものづくりが好きで、レンズを磨いて手づくりで顕微鏡をつくって、透明な水の中に微生物がたくさんいるとか、血の中に赤血球と白血球が流れているとか、たぶん自分のものだと思いますが、精子を見て、これが生命の種になっているということまで見つけたんです。彼は1632年にオランダのデルフトという町に生まれたんですが、その町に同い年のフェルメールがいたんですよ。

林:おー、先生の大好きな画家のフェルメールが、同い年でご近所!

福岡:そのことを知ったのは私が小学校5年生ぐらいのときだったんですが、フェルメールのことはその後すっかり忘れてたんです。30歳近くになって、ニューヨークにあるロックフェラー大学にポスドク(博士研究員)として留学したときに、たまたま美術館でフェルメールの絵を見たんです。それでフェルメールのことを思い出していろいろ調べてみたら、世界中にたった37枚しか絵が残されていない。これはオタクとしてコンプリートする(完全にそろえる)しかないなと思って、今度はフェルメール巡礼をすることにしたんです。世界中の美術館をめぐってフェルメールの37枚中36枚を見ました。そうやって何かのきっかけで次々と興味を持ちながら、自分の好きなものを追いかけていくというのが私の人生なんです。

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