「生命とは何か」という根源的な問いを追い続ける福岡伸一さん。昆虫好きだった“虫少年”は、生命の不思議を探求したい一心で生物学の道に進むも、還暦になって、今の仕事が自分の原点と違うことに気づき、ある決意をして――。作家の林真理子さんが探求心に満ちた人生に迫ります。
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林:「青春と読書」(集英社の読書情報誌)で連載されていた「原点に還(かえ)る旅・原点から孵(かえ)る旅」というエッセーのお話からお聞きしようと思います。
福岡:読んでいただいたんですか。いやいや、ありがとうございます。あれは台湾に蝶々を捕りに行った話ですね。
林:私、以前から先生の文章は学者さんの文章じゃないなと思ってましたけど、あの文章もロマンチックな文学的要素が非常に入ってるなと思いながら読みました。
福岡:それはとてもうれしいお言葉ですけれども、作家が見る作家性って、どういうところを見てるんですか。
林:いろいろありますが、一つには文章の比喩ですね。たとえば先生が電車の中で美しい女性と会うんだけれど、服の色の取り合わせが生物学的にちょっと変だと気づくという場面が冒頭にありますよね。この導入の仕方なんか、学者さんの文章じゃないですよ。
福岡:うれしいなあ。直木賞の選考委員にほめられちゃった(笑)。
林:私、昆虫学者の鹿野忠雄さんという方、先生の文章を読んで初めて知りました。日本のナチュラリストの先駆けのような方で、38歳で消息を絶ったんですね。先生は鹿野さんの本の中にあるコウトウ……すいません、名前が長くて言えないんですけど。
福岡:コウトウキシタアゲハという蝶々ですね。これです。(スマホの写真を見せる)
林 わっ、きれい!
福岡:これが私が少年のころから図鑑で見て憧れていた蝶で、台湾の離れ小島の紅頭嶼(現・蘭嶼)というところにしかいないんです。でも、なかなか紅頭嶼に行くチャンスがなくて、それがようやく実現してこの蝶に出会ったという物語なんですね。
林:先生はあの蝶に会えないと思ってあきらめかけていたら、最後の最後にヒラヒラッと上から飛んできたんですよね。