北に八ヶ岳、西に南アルプス、南に富士山、山梨県北杜市明野町は、日本有数の日照時間と、雄大な山々から湧き出る水に恵まれた豊かな土地だ。この町に2009年、映画「仁義なき戦い」「トラック野郎」シリーズの主演で知られる菅原文太さん(79)が、農業をするために移住してきた。今後の俳優業復帰の可能性を聞くと、あっさりとこう答えた。「やらないね。いいノンフィクション作品ならやってみたいと思うけど、そのほかはないね」。

 菅原さんは現在、自らが経営する約2.7ヘクタールの農園で、無農薬・自然農法を用いたアスパラガスやトマトなどを育てている。特にこだわっているのが土作りだ。読書家の菅原さんは、最近は江戸時代に書かれた文献を読み込んで、日本の伝統的な農業技術を学んでいるという。

「江戸時代は、糞尿、枯れ葉、雑草なんかを混ぜて肥料を作っていた。単純だけど、技術は今より高いかもしれない。本には、土地の個性や自分の考えを加味して農業はやるもんだとも書かれている。日々の作業の中に思いがけない発見がある。それを見つけることが、農業の極意なんだろうな」

 福島第一原発事故、憲法改正などについて、菅原さんは自分の意見をはっきりと言ってきた。昨年12月には政治支援グループ「いのちの党」を結成し、政治家に提言をした。その根底にあるのは、第二の人生を捧げる農業への思いと「命を大切に」という信念だ。

「農業、化学肥料、放射能と、どこの土も何かに汚染されている。自分だけではどうしようもないよ。それでも、子どもたちは新しく生まれる。だから俺は無農薬農業を続けるんだ。小さな抵抗だけどね」

 そして、自分の人生を振り返るかのように、最後にこの一言を付け加えて話を終えた。「これが結論だな」。

週刊朝日 2013年6月21日号