3日くらいで直せるかなと思ったけれど、丁寧に丁寧に、6日かけた。再びセールが上がったときは、今大会で一番うれしい瞬間でした。それでも、完走するイメージは全く持てなかったんです。持ってきたリペアの道具もすべて使ってしまったので、次にトラブルが起きてもどうにもできません。

 でも、完走をイメージできなかったのが逆によかったのかもしれません。まずは赤道を越えてみよう。次は喜望峰を目指してみよう。喜望峰を過ぎると難関の南氷洋です。でも行ってみるか。なんとかオーストラリアまで。次はケープホーン……。そうやって世界一周することを考えずに、足元の目標を目指し続けたことでゴールまで帰りつきました。

■僕はヨットが下手

 高校時代、海洋冒険家・多田雄幸(ゆうこう)のもとに「押しかけて」弟子入りし、三十余年。50歳を過ぎて、ヨットマン最高の栄誉と言われるヴァンデ・グローブ・フィニッシャーの称号を得た。

 ヴァンデ・グローブは憧れ続けた舞台です。今大会はコロナ禍で無観客スタートだったけれど、初参戦した前回はスタート時だけで32万人がつめかけた。ヨット雑誌を読みあさって、20年ほど前にはスタートも見に行って、ずっとヴァンデ・グローブ完走を夢見てきました。

 僕はヨットが下手なんです。今でも船酔いするし。ヴァンデ・グローブを知ってから完走するまでに30年以上かかりました。でも、子どもたちに言いたいですね。30年好きなことをやっていれば、いっぱしになれるよって。天才なら10年でできるのかもしれないけれど、才能がなくてもいいんです。「好きなことばかりやってちゃダメだ」なんて言う大人にだまされないでほしい。子どものころ、そう言ってくる大人が全然幸せそうに見えなくて不思議でした。僕は好きなことを30年以上続けてきたから、いまとても幸せです。人生の舵(かじ)を人に渡してはいけません。常に自分で考えて、自ら決断して行動してほしい。ヨットも人生も、自分でしっかり舵を握っていれば、向かい風でも、たとえジグザグになったって走っていけます。

 3月、記者会見で白石はヴァンデ・グローブの次回大会、2024-25参戦を発表した。今回16位からジャンプアップし、8位以内を目標にするという。

 チームの森オーナー(DMG森精機・森雅彦社長)が無茶言うから(笑)。次の大会のときは、僕、57歳ですよ。

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