浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

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 これは海賊ならぬ空賊だ。ベラルーシが、領空内を通過中だったライアンエアの旅客機を首都ミンスクの空港に強制着陸させた。機体に爆弾が仕掛けられた恐れがある。そう称しての行動だったが、爆弾は影も形も無かった。そして、乗客の一人が拘束された。

 その人はロマン・プロタセビッチ氏。ベラルーシ人ジャーナリストで反体制派の活動家だ。亡命先のポーランドから、母国で展開される独裁的人権侵害政治について発信してきた。今回の空賊行為は当初から彼の拉致を狙ったものだったと目されている。「欧州最後の独裁者」との異名を取るアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が、自ら指示した作戦だったという。

 ルカシェンコ氏は、1994年にベラルーシ大統領職に就任。2020年8月の大統領選で、さらに任期を延ばした。だが、この選挙が不正選挙だったことは、公然の秘密だ。ベラルーシの市民たちが、敢然と抗議デモに立ち上がった。彼らは今、どんな思いで宿敵の空賊ぶりを受け止めているだろう。

 ルカシェンコ政権はプロタセビッチ氏をテロリスト呼ばわりしている。報道すること、発信すること、伝えること。そのどこがテロリズムなのか。異論・反論を封じ込めようとすることこそ、テロリズムだ。テロリズムは恐怖政治の道具立てだ。人々の恐怖を煽(あお)り、黙らせようとする。それがテロリズムだ。

 どんな恫喝(どうかつ)にも屈しない。それがジャーナリズムの軸心だ。今こそ、世界中のジャーナリストに大音声を上げて欲しい。世界中のジャーナリストに、プロタセビッチ氏と不屈のベラルーシ市民たちへの連帯を示してもらいたい。言論の自由を高くさしかざす動きを、怒涛(どとう)のごとく巻き起こして頂きたい。

 いつ何時、空賊の襲来に見舞われるか分からない。いつ、どのような形で国家権力が空賊化するか分からない。怖いのは、この恐怖政治のウイルスが広がっていくことだ。「あの手があったか」。他の独裁主義者たちが、そのように膝(ひざ)をたたいて、自分たちにも、その機会が巡ってくることを待望し始めたら、たまったものではない。空賊糾弾の声が地球的に鳴り響くことを祈る。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年6月7日号