半世紀ほど前に出会った99歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■瀬戸内寂聴「長生きはめでたくもあり、めでたくもなし」
ヨコオさん
今日は秘書のまなほに付き添われて、なじみの病院へ出かけ、コロナワクチンを打ってきました。老人ばかりが病院の待合室にあふれていて、自分もれっきとした老人なのに、彼等を見て、うんざりしてしまいました。七十五歳以上の人がまず、打っているのだと、まなほが説明します。
九十九歳の自分がれっきとした仲間なのに、待合室一杯の七十五歳以上の老人たちを見て、なぜか暗澹(あんたん)としてしまいました。彼らは男も女も揃って身ぎれいにして誰の世話にもならないぞという感じで動いていました。
注射はあっという間に終わりました。痛くもかゆくもありません。
二回目は、六月末だということです。
今更、これ以上長生きしたいとは、さらさら思っていないのに、どういうわけか、最近、度々、入院するくせに、必ずたちまち元気になって、寂庵に帰ってきます。
死に場所は、寂庵でと、独り決めています。いつ、死んでもいいようにと、身の回りはさっぱりと片付けてあるつもり。
近く全集のつづきを、新潮社で出してくれることになっています。つくづく、有難い生涯だったと思います。
あらゆる放蕩無頼を存分にしてきて、今夜死んでも何の悔いもないとは、何と図々しい生きざまでしょう。
とは言え、今更ワクチンなんか打たないでも、と開き直るのも、面倒だと思っています。
本来、そそっかしいので、またそのうち、廊下で転倒して一巻の終わりとなることでしょう。
まなほは、その後始末だけは、いやだと、今度、廊下に手すりをつけるんだと、大工さんを呼んできました。
誰が、手すりなんかにすがって歩いてやるものかと、ひそかに闘争心を燃やしています。
寂庵は廊下が広くて長いので、大工さんは大喜びではりきって、手すりの形や木の質などの説明を、得々としています。