「潮風も季節も時も越えて/紫の夕暮れの中/都市が眠りにつく頃/夜と海が混じり合う/俺達だけの月へと泳いで行こう」(『水晶の扉[ドア]の向こうへ―ロック・オリジナル訳詞集1』)
訳詞の美しさにノックアウトされた僕は、企画書を書くたびにこれらの言葉を冒頭に貼りつけた。
「ジム・モリソンの背後霊を背負って」は、自らの訳に寄せた龍さんのエッセイのタイトルだ。
「『ムーンライト・ドライブ』は、ロック史上に残るラブ・ソングだと私は思う。舟が浮かぶ夜の海、恋人達、カリフォルニアの病的に明るい風土、それらのすべてが詰まった名曲である」
20代だった僕はテニスやF1の取材で世界を飛び回る龍さんを捕まえ、国際電話で収録した生の声を日本中にオンエアし続けた。龍さんは弟のように僕を可愛がってくれた。キューバには何度も一緒に行き、現地のバンドを招聘(しょうへい)する手伝いも。
村上春樹さんと村上龍さん。現代文学を代表する二人のMURAKAMIが訳したジム・モリソンの歌詞世界。ジムは27歳でこの世を去り、ショパン、ピアフ、マリア・カラスらが眠るパリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬されたが、今週末の命日にはファンが訪れ、世界中のラジオ局で彼の曲がかかるに違いない。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年7月9日号