落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「天気」。
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昔、夏休みの宿題で「一日一行日記」なるものがあった。つい怠けてしまい、夏休み最後の日にまとめて書く羽目になること度々。
今思えば、そんなものテキトーに書いときゃいい。「友達と遊んだ」でも「一日中、寝ていた」でも、毎日「お母さんのカレーが美味しかった」でもかまわない。むしろでっちあげでいい加減な内容のほうが読み手も面白いだろう。「今朝、トナカイのようなツノが背中から生えてきて驚いた」「昨日、生えたはずのツノがタンスにぶつかって折れてしまった。残念だ」……辻褄を合わせれば、嘘だか本当だか先生には調べようがないのだ。事実を書いても先生だって読んでて退屈だろう。大人になるとそれがわかるようになるが、子どもの頃は兎角素直。8月31日に一日一日捻り出すように思い出して書いていた。
あの一行日記には天気欄が必ずある。なんのため? 夏休みなんて晴れ、時折にわか雨、まとまって台風、くらいのものだ。あれこそテキトーに書いとけば良さそうなものの、やはり私は真面目な良い子なので正確を期したい(「良い子」なら毎日ちゃんとやればいいのだが)。
ネットがない時代。ひと月半分の古新聞を引っ張り出してきて天気予報を丸写ししていると、傍らで姉が言った。「実際の天気は違うんじゃない?」。ごもっとも。そこで私はクラスでも一番のカタブツで「役人」という仇名のM君に天気欄を写させてもらうことにした。
初めは難色を示していたM君も「クロマティ・原・吉村の3枚でどうか?」とプロ野球カードをチラつかせると自分の一行日記(コピー)を貸してくれた。ただ日付と天気の欄は見えるのだが、その日あったこと欄は黒く塗り潰してある。「プライバシーですので」とさすが「役人」の面目躍如。
端から天気を書き写す。役人(M君)は「晴れのち曇り」「曇りときどき小雨」「一日晴朗なり」など細かい字で狭いマスにギチギチに書き込んでいる。そのまま写すと先生にバレるので、「晴れ」「曇り」と訳して書いてみた。すると新聞の週間天気予報とだいたい同じになってしまった。なんじゃそら。プロ野球カード、返してほしいよ。