『裸で泳ぐ』 (1760円〈税込み〉/岩波書店) 25歳のとき性被害を受けた著者が、この1年間に感じてきたことをつづったエッセイ。子どもの頃の思い出や、ペットのウーパールーパーのことも。書くことは自分に正直になっていく作業、セラピー的な面もあったと話す(photo 写真映像部・戸嶋日菜乃)

 最後の日記には「ただいま」という見出しがつき、「I am home.」──「ただいま」という言葉で終わる。

 伊藤さんにとってこの7年は、自分の中のホームを見失っていた期間でもあった。それが、被害に遭ってからずっと支えてくれたロンドンの知り合いの家をコロナ禍もあり3年ぶりに訪ねた。すると、「ただいま」と大きな声で言える場所があることに気がついた。

「満たされた感じ。こういう気持ちになれたからこそ、始まることはたくさんあると思います」

 ドキッとさせられるタイトルは、昨年一番心に残る出来事から取った。

 友人の結婚式で鹿児島県の屋久島に行き、夜、裸になって海で泳いだ。星だけが輝く空と海の間に境界はなく、そこでは自分はただの生物の一つ。自分についていたあらゆるラベルが水の中に溶けてゆき、生きていると実感した。

「私の中ではこれが本当に何も隠さないままの姿。鎧を着ないで、素手で戦う。自分を偽ることなく、そのままでいられるということです」

 おかえり──。今この言葉を、彼女にかけたい。(編集部・野村昌二)

AERA 2022年12月5日号

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