芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、不眠症について。

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 誰にも悩みはあると思うが、今回は僕の一番の悩みについて書こう。僕の一番の悩みは時々、不眠に襲われることだ。一度不眠ぐせがつくと根深い。何をやっても不眠が解消されない。ところが、そうして七転八倒した結果、ある時、ウソのように快眠に変わることがある。だから自分のことを「不眠症」と言って病気として扱いたくないのだ。

 僕の不眠の原因は大抵決まっている。それは眠る瞬間を見届けてやろうとするからだ。よく歌舞伎などを観ていると、いつの間にかうつらうつらして眠っている。役者のせりふや音曲は聴こえている。こっくり、こっくりしていると舞台の役者から見られているような気がして、居眠りなどしていないよという風に自分をごまかして眼を覚ますが、すぐ眠ってしまう。もしわが家が劇場であれば眠れない時は芝居を観ればいい。観劇中の居眠りの瞬間というのは、かなり意識がはっきりしていて眠る瞬間が自覚できる。僕の不眠の原因はさっき書いたように、劇場で体感する眠りの瞬間の自覚を、わが家のベッドの中で再現してみようと思うからだが、残念ながら、わが家は劇場ではない。眠る瞬間の環境と演出がないために、劇場での居眠りの瞬間が体現できないまま、目だけバッチリ開いたままである。だから不眠症のようなクセがついてしまったのである。

 とにかく、眠れないということに執着するから益々眠れない。風呂から上がったあとは意外と寝入りばなは悪くないが、2、3時間で尿意をもよおして起きてしまう。それからが地獄である。睡眠薬は飲まない。昼間散歩をするとか身体を動かすとかは面倒臭くてしない。せいぜい午前中の朝日を浴びて、メラトニンというホルモンを体内に取り入れることをやってみるが、効果があるのかないのかよくわからない。

 ありとあらゆる呪(まじな)いのような儀式めいたことを取り入れたりするが、どれも効果はない。こういうことをやればやるほど眠りに執着する結果になる。何も考えないで、無になることは絵の時には得意だが、眠る時になると、考えないことを考えるのが得意になってしまって一向に効果がない。眠れないというのはどうも性格が影響しているようだが、性格はそう簡単に治せない。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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