「セリフを単に“覚えている”状態だと、役者は演技をしながらセリフをどう言おうか考えたりしてしまう。反復によってその意識が消えると相手に集中して、自然な反応が引き出せると感じます。また本読みは“ニュアンスを抜いていく作業”でもある。台本にはどうしても感情が入りやすくなる場所があって、そこを放っておくと『事前に想定した感情』が演じられる傾向がある。それを抜くことで自由に演技が発展すると考えています。役者さんにセリフを録音してもらい『感情が入っているニュアンス』がどういうものかを理解してもらうこともあります」

 東京大学文学部で映画と出合い、言葉やテキストの読み方について徹底的に学んだ。その後、東京藝術大学大学院を経て監督となった。役者には印象や抽象ではなく、論理的に説明することを心がけている。

「できるだけ具体的なことを伝え、役者さんと共有できるようにしようと思っています。僕がしているのは『環境』を整えること。そうすると役者さんの持っているものが出てくる。あくまでも、もともと役者さんの持っている力なのです」

■会話から物事を発想

 海外での高い評価を、どう受け止めているのだろう。

「日本映画でこんなに登場人物が会話をするのは珍しい、とはよく言われます。海外ではおそらく『日本人は本当のことを言わない』と思われている。でも僕は物事を発想するときに人と人を会話させていくところからしか始められない。僕の作品には今回に限らず『なんとか、本当のことを言おうとする人たち』が出てきます。『日本人も自分の感情を口にするんだ』という驚きがあるのかもしれませんね」

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2021年8月16日-8月23日合併号

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