だがミュージシャンでは食えそうになかったので「楽器を作ろう」と考え、芸術工学の第一人者、馬場哲晃に師事するため、首都大学東京(現・東京都立大学)の大学院システムデザイン研究科に進んだ。

 ここで菊川は運命の仲間に出会う。二つ年下の金井隆晴だ。テクノロジーと芸術の関わりに興味を持つ2人だが、既成概念にとらわれず新しいものを作ろうとするアバンギャルドな菊川に対し、金井は黙々と手元を動かす職人タイプ。互いが、自分が持たない才能を持つ相手に惹かれ合った。

 菊川は金井ら数人の研究室メンバーとともに「PocoPoco(ポコポコ)」という電子楽器を作る。弁当箱のような黒い筐体(きょうたい)に16本の円柱が埋め込まれ、押すとモグラたたきゲームのようにせり上がってくる。円柱はダイヤルのように回すこともできる。押したり、ひねったりするとシンセサイザーがテクノミュージックのような音やリズムを奏でる。円柱にはLEDが仕込まれ、リズムに合わせて、青、緑、オレンジと色を変えていく。菊川がアイデアを出し金井が形にした最初の作品だ。

■優秀賞はプリント基板

 彼らは力試しのつもりで、ものづくりコンテスト「GUGEN2013」に出品した。すると優秀賞に選ばれ賞金10万円と10万円相当のプリント基板・電子部品を獲得した。主催者はプリント基板ネット通販大手のピーバンドットコム。部品商社ミスミ出身の田坂正樹が02年に設立した会社だ。17年には東証マザーズに上場(現在は東証1部)。自身の顧客であるベンチャーを支援する目的でGUGENを始めた。成功者が次のチャレンジャーのために飛躍の場所を作る。菊川の「循環」はここから始まった。

 このコンテストには投資家も注目する。その中に、孫泰蔵とともにIoT(インターネットとモノをつなぐサービス)ベンチャーへの投資会社「ABBALab」(アバラボ)を立ち上げた小笠原治がいた。PocoPocoは生産コストが高すぎて事業化には至らなかったが、本物の投資家と出会ったことで、菊川の中で起業のイメージが具体的になった。

(敬称略)(ジャーナリスト・大西康之)

AERA 2021年8月30日号より抜粋