「考え直してきます。少しだけお時間をください」
次に橋本が持ってきた事業計画は全面的な置き換えではなく、リアルの受付とクラウドシステムを併用する「ハイブリッド型」になっていた。
(変化への対応力はあるな)
その後も、島田は課題を出し続け、橋本はそれに解答を出し続けた。島田は橋本を成長させるための「壁打ちの壁」になった。島田が「これは」と思う起業家に対してとる育成方法の一つだ。島田がもう一つ大事にしているのが環境設定。個人として優れた起業家も、投資家やメンター、創業メンバーらの環境が悪いと失敗する。島田はメンバー一人一人に直接会った。前の会社をやめてCOO(最高執行責任者)に加わったプロダクトマネジャー・真弓貴博の獲得は大きな一歩だった。
■強さでなくストーリー
そしてもう一人、強力な仲間が加わることになる。
「ASEI(アセイ)」こと宗岡亜成。日本生まれのプログラミング言語として初めて国際規格に認証された「ルビー」を使いこなし、学生時代から、多くの企業のプログラム開発を請け負ってきた天才プログラマーだ。
最初は業務委託で開発に加わったが、真弓とノリが合い、ここでの仕事が面白くなってきた。何より宗岡を惹(ひ)きつけたのが橋本の存在だ。
「最近のアニメって弱いヒーローがいるじゃないですか。昔はスペックの強い奴がヒーローだったけど、今求められているのは強さじゃなくてストーリー。アートでも昔は技法や写術力が大切だった。でもバンクシーが評価されるのはスペックではなく、作品の背後にあるストーリーですよね。まりタンはストーリーそのものなんです」
こうして橋本は24歳(当時)の凄腕(すごうで)CTO(最高技術責任者)を手に入れた。メンバーがそろったのを確認した島田は出資を快諾。16年、前身のディライテッドを設立した。資本金は1億円。ともに創業に関わったエンジェル投資家の小笠原治は社外取締役に名を連ねた。
橋本が受付経験で培った「おもてなし」のノウハウを凝縮したサービスは、今や東京ガス、NTTデータなどの大企業を含む4千社が導入している。
本社を置く渋谷インフォスタワー20階からは、橋本が受付嬢のキャリアをスタートさせたトランスコスモスやGMOのビルが見渡せる。この景色こそ、彼女が紡いできたストーリー。物語はまだ完結していない。
(敬称略)(ジャーナリスト・大西康之)
※AERA 2021年9月6日号より抜粋
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