■年収は100万円減でも体力と健康には代えがたい
7月下旬は畑のナスやキュウリが収穫期を迎え、味噌汁やぬか漬けにしても追いつかないほどだという。
「どんどん大きくなる野菜の生命力を目の当たりにして、採れたてのものを食べていると、自分の体もエネルギーをもらえている気がします」
赤星さんは朗らかに話した。その傍らには手乗り文鳥ならぬ、膝乗りニワトリのいとちゃん(メス2歳)がいる。
前出の「SOSA Project」のグループLINEには地元農家と移住者が参加し、不要になった子供服や自動車、採れすぎた野菜や、日雇い仕事などの情報が掲載され、移住者たちの生活を下支えしている。赤星さんはいとちゃんをそこで見つけ、飼うことに決めた。
「最初は戸外のニワトリ小屋で世話をするつもりだったんですが、とてもなついたので家飼いをすることにしました。お天気のいい日に居間で横になって、樹々の緑を背景に、いとちゃんを眺めていると癒やされます」(赤星さん)
転職して週5日から4日勤務になり、年収は約100万円減ったが、取り戻した体力と健康には代えがたいという。
今回、移住した人々に話を聞いてみて、三つの共通点に気づいた。
まず、大都市暮らしの頃より物欲が減ったこと。欲しいものを尋ねると、「今の住環境を改善するために、ホームセンターで買える道具類がほしい」と口々に話していた。
コロナ禍にあっても、どこかのんびりした表情で、すこやかに笑う人たちだったことも共通していた。もちろん、のどかな自然環境も大きいのだろうが、高坂さんに理由を尋ねてみた。
「米や野菜を育てるのは自然相手で、計画通りにいかないことが前提。一方で想像以上の恵みや喜びを、自然が与えてくれることもある。だから、いい意味で諦め上手になります。のんびり構えて失敗も楽しめるんです」
都市生活者はお金でモノやサービスを買った束の間は自分の思い通りになった気分になれますが、と彼は続けた。
「恋愛も家庭も会社での人間関係も、思い通りにはなかなかいかない。そのギャップがストレスになって悩んでいる人が多い気がします。その前提の違いが、意外と大きいのかもしれません」
選択肢が一つしかないと思うと、真面目な人ほど自分を追いつめてしまう。
都市型労働を抜け、ダウンシフトという選択をした人たちがいる。それ以外の選択肢も当然あるだろう。もしも仕事を失っても、それが頭の片隅にあればきっと大丈夫だ。(ライター・荒川龍)
※AERA 2021年9月27日号より抜粋