浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

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 立憲民主党が「アベノミクスの検証と評価」を発表した。総選挙が迫り来る中で、これは大いに結構なことだ。

 この間、政府与党がやってきたことについて、政権奪取を狙う野党が何をどう考えているのか。それが有権者に示されたことは重要だ。まっとうな対応だと言える。筆者的には「アホノミクスの検証と評価」としてもらいたかったが、これは無いものねだりだ。

「検証と評価」は、まず「総合評価」を提示した上で、チーム・アホノミクスのいわゆる「3本の矢」に関する個別点検に進む。「総合評価」の冒頭には、次のように書かれている。

「『お金持ち』をさらに大金持ちに、『強い者』をさらに強くしただけに終わった。期待された『トリクルダウン』は起きず、格差や貧困の問題の改善にはつながらなかった」

 この問題を総合評価のトップに持って来たのはいい。弱者いじめは「世界で企業が一番活動しやすい」日本を追求したアホノミクスから、「まずは自助」を掲げたスカノミクスへと引き継がれた大罪中の大罪だった。したがって、まず初めにここを糾弾した姿勢は当を得ている。

 ただ、あえて細かしいことを言えば、「期待された『トリクルダウン』は起きず」という言い方はどうもいただけない。こういう書き方をすると、立憲民主党がトリクルダウンを期待していたように読めてしまう。

 そうではないと信じたい。チーム・アホノミクスが想定していたようなトリクルダウンは起きなかった。そう言いたいのだろうと思うが、そうだとすれば文章の作り方が雑過ぎる。トリクルダウンという言い方には、おこぼれ頂戴(ちょうだい)のニュアンスがある。そこには、弱者への侮蔑の念が内在している。期待の対象となるようなテーマではない。

 もう一つ気になるのが、「3本の矢」というアホノミクス用語をそのまま使っていることだ。「3本の矢」の三つの構成要素についても、アホノミクス用語を律義に再現している。他者の言葉を使うと、他者の術中にはまる。敵の言葉で語ると、敵の土俵に引きずり込まれる。せめて「いわゆる『3本の矢』なる政策について」などとして欲しかった。言葉は大事だ。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年10月4日号