「道化師」の稽古場で、ダンサーの三井聡(右)、森川次朗(奧)と。「いい舞台のために、愛と向上心を惜しみなく注ぐ演者とスタッフがいる。フリーになって、そのことを再確認できてうれしい」(撮影/篠塚ようこ)

 ストーリーの中の一場面ではあったが、#Me Tooにリンクする表現は、宝塚に内在する男性優位思想を、その様式を守ったまま打ち壊すという離れ業だった。ファンはこれを観て、宝塚史に新たな時代が幕を開けたと、快哉(かいさい)を叫んだのである。

 昨春、その上田が歌劇団を辞めたというニュースは、ゆえにセンセーションを巻き起こした。「寝耳に水過ぎる」「ウエクミ先生、辞めるの本当にショック」「何かあったのか」。ネットにあふれる声とともに、私自身も取材者として開口一番、「なぜ」を聞きたかった。

結婚したい理由は一つしかないけれど、離婚の理由は山ほどある。それに似たことですね」

 クールな一言の後、それ以上を上田は語らなかった。後日、本人から次のようなメールを受け取った。

「これまでやってきたことにはもう満足して、今は、これからどういうことをしていくのかの方が自分の関心事です。宝塚でのことを語るよりも、一人の人間が、この時代に何を感じて定職を放り出し、何を探しているのかの方が面白い話ができると思います」

 なるほど、取材に対する「演出」がすでに始まっている。乗るしかない、と思った。 

 上田は昨年6月に梅田芸術劇場制作の朗読劇「バイオーム」の脚本を手掛けた後、富山・利賀村(とがむら)、大阪・西成、兵庫・城崎の演劇イベントを精力的に巡った。その間にフランス滞在を挟み、9月末には大衆演劇一座「花柳(はなやぎ)劇団」の住み込みとして、岩手県北上市の温泉施設にいた。

 花柳劇団は座長の花柳願竜(がんりゅう)、長女で若座長の花柳竜乃(たつの)を中心に、一家と座員たちが大きな家族のように暮らしながら、全国を巡業している。食事は温泉施設のまかないで、寝起きは楽屋。昭和感あふれる畳敷きの宴会場で、ライトをあやつる上田は、その場になじんで楽しそうだった。

「知らない場所なのに、毎晩爆睡しちゃって」と笑った後、「今までピンスポットのタイミングが0.5秒早いとか、遅いとかやっていたけれど、ここにいると、そういう堅苦しさから、いいものが生まれてくるか微妙だな、と思うようになっています」と、続けた。

 住み込みの名目は「道化師」の取材だったが、一座はそんなこととは関係なく、上田を迎えてくれた。夜はまかないを囲んで、それぞれの思いを好きに語り合う。花柳竜乃が言う。

「知らない人とよく暮らせるね、と言われるけれど、役者も裏方もあうんの呼吸が大事だから、みんなが一緒に暮らすのは理にかなっている。逆に、今は他人と自分との間が分断されすぎているんじゃないかな」

■今いる場所から逃れたい 会社から「宝塚」へ転職する

 それを受けた上田から自然に、宝塚を辞めた理由の一端が出てきた。

「デジタルが発達して、ナマの人間関係はますます築きにくくなった。代わりに『推し』を作って、仮想の関係をコンテンツとして消費している。芸ではなく、関係性が商品化される風潮は不健全で、何とかそれに抵抗したい。宝塚のスターシステムは、非常にうまくできていて、だからこそ、その中に居続けることはできなかったんです」

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