フォトジャーナリストの小平尚典氏が撮影したスティーブ・ジョブズ(写真/小平尚典)
フォトジャーナリストの小平尚典氏が撮影したスティーブ・ジョブズ(写真/小平尚典)

 今のアップルは、ジョブズ時代とはまったく異なる魅力を放っており、それが世界的にも評価され、時価総額世界1位の座を保ち続けている。

 ところで、同じ4番ビルにはピアノも置かれており、こんな説明が添えられている。

< このベーゼンドルファー社製ピアノは1984年初代Macintoshの開発チームにスティーブ・ジョブズから贈られたもの。
 ミュージシャンやアーティストたちは、技術の熟達だけでは十分ではないということを知っている。彼らは我々がつくり出すものの善し悪しを測る本当の物差しは、それが人々にもたらす喜びであること、そしてそこにおいて美しさが何よりも重要であることを知っている >

■「心が歌い出す」状態

 この10年、ジョブズの発想からは生まれなかったであろう素晴らしい製品がたくさん誕生した。それなのに01年の初代iPod(あるいは1998年の初代iMac)から、iPhone、iPadといった製品で世の中を熱狂させ続けたジョブズ最後の10年間を知っていると、どこか物足りなく感じる。

 クックCEOが悪いわけではない。ジョブズ最後の10年間が特別過ぎた。実際、ジョブズがアップルに復帰する前のパソコン市場は、かなり退屈だった。

Apple Watchは“ジョブズ後”にヒットした製品だ(gettyimages)
Apple Watchは“ジョブズ後”にヒットした製品だ(gettyimages)

 アップルという会社を特別な存在にしている理由に、ジョブズが答えたこんな言葉がある。

「アップルは会社のDNAとしてテクノロジーだけでは何かが足りないと知っている──テクノロジーがリベラルアーツ、あるいは人間性とひとつになることで心が歌い出すような成果を生み出すことができるのだ」

 この「心が歌い出す」状態。素敵なものに心を大きく動かされポジティブな気持ちに包まれる状態。その歓びを周囲の人に拡げたり、世の中に対して良いことをしたいという気持ちが心の奥底から湧き出てくる状態。これこそがこの「10年」から欠けているものではないだろうか。

 ジョブズがまだ少年だった頃、近所に変わった発明家が住んでいたという。彼はガレージに置かれた自作の研磨機にゴツゴツとした大きな石を入れるところを見せると、少年ジョブズに翌日も来るように言った。言葉に従い翌日に向かうと、夜通しぶつかりあっていた石から角が取れ、美しく滑らかな球体になっていたという。

 ジョブズは、アップル社員にとっての「研磨機」になることを自らの仕事としてきた。

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