もちろん、こうしたやり方は今のアップルの重役も体得している。だからこそ、アップル製品は今でも他社製品と比べて仕上がりの美しさでも、使い勝手への配慮でも、製造や流通の工夫でも大きな差をつけているように見える。しかし、トップが代われば石のぶつけ方の勢いや、どこまでの滑らかさで完成と見なすかの塩梅は変わり、石の輝き方にも変化をもたらす。
■海藻の動きが不自然だ
ジョブズの目の厳しさについては、ピクサー社の映画「ファインディング・ニモ」のアンドリュー・スタントン監督から聞いた話が思い出に残っている。
同社の創業者でもあるジョブズは、月に1度、社を訪れては制作途中の映画をチェックする。ある時、「海藻の動きが不自然だ」と指摘をした。担当をしたエンジニアは見抜かれたことに戸惑いつつも、「今のコンピューター技術で海藻の動きを自然にしようとすると、映画の公開が1年遅れるか巨額の追加制作費がかかる」と事情を説明した。
するとジョブズはこう返した。
「映画は何十年にもわたって見られるものだ。見ている人がすばらしい映像と、ストーリーの世界に浸っているところを、ただ一つの海藻のために現実に引き戻されたとしたらそれで後悔しないのか」
開発中は、製品のことで頭がいっぱいで、何かを思いつくと夜中の3時でも担当者に電話をかけたというジョブズ。iPhone開発中は、当時のグーグル社の重役、ヴィック・グンドトラに大事な用件があると日曜日の朝から電話をかけた。用件は「Googleアプリのアイコンにあしらわれたロゴ、その二つ目の『o』の色がおかしい」という内容だった。
生みの親を知らずに育ったジョブズ。若い時はインドを放浪したりヒッピーとして暮らしたり、禅の道に入門して自分探しを続け、この世に生を受けた意味を模索し続けた。
(ITジャーナリスト・林信行)
※記事の続きは、以下でご覧いただけます
【後編】アップル製品に「芸術的な美しさ」を求めたジョブズ 日本の経営者にも求められるアートへの「理解」