
井口 はい。大学院を目指すのか目指さないのかっていうタイミングで。すごく緊張しながら、バンドのCDを持って先生のところへ行きました。
櫻田 あの時、そんなに緊張してたのか。
井口 ガチガチで泣きそうでした。ある種の裏切りでもあるから、一体どんなふうに言われるんだろうって。でも、先生の生き方というか、考え方の自由さだと思うんですけど、すぐ一言目に「頑張りなよ」と言ってくれて。声楽家っていうのは、クラシックのみならずいろんなジャンルの歌を歌えてこそだよと言ってくださったのが、ものすごく励みになりました。
櫻田 井口の話を聞いて思ったのは「同じ音楽じゃん」ってこと。クラシックではなくても、これからも音楽をやりたいと思ってくれているんだから、止める理由なんて一切ない。それに、同じ音楽でも好きなジャンルで伸び伸びやるほうが絶対に力が出るはずなので。
井口 そうやって優しく背中を押してくれた先生の言葉が、その後の僕を支えてくれたんです。
櫻田 でも、バンド活動をやりながらクラシックの勉強をするのは、きっとキツかったよな。声の出し方とか、歌う時のフレーズの作り方とかがずいぶん違うじゃない? そういうギャップをよくこなしていたなと思う。
井口 確かにキツかったんですけど、先生からクラシックを教えてもらうのはすごく楽しかったし、自分の身になると思ったからできたんです。もし櫻田先生じゃなかったら、たぶん僕は途中で大学を辞めていたと思います。
◯さくらだ・まこと/1968年、北海道生まれ。テノール歌手。東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。欧州の音楽祭や、バッハ・コレギウム・ジャパンの公演など、国内外で活躍中。2013年から東京藝大で教鞭を執っている
◯いぐち・さとる/1993年、長野県伊那市生まれ。2017年、4人組バンドKing Gnuを結成、ボーカルとキーボードを担当。19年、アルバム「Sympa」でメジャーデビュー。音楽活動のみならず、俳優としてドラマや映画にも出演している
(構成/編集部・藤井直樹)
※10月11日発売の「AERA10月18日号」では、対談の続きを掲載しています。