一条の息子世代である64年生まれの著者は、96年から一条への取材を始めた。きっかけは大阪の日雇い労働者の町、釜ケ崎で、伝説のストリッパーが生活保護を受けながら暮らしているのを知ったことだという。会ったときの一条は、三畳一間に寝起きする病み衰えたおばさんだった。それまでに彼女は交通事故(自殺未遂?)で重傷を、また愛人の放火で大火傷を負い、糖尿病と肝硬変を患っていた。そんな体でも相手へのサービスを忘れない優しい女性だったが、体験談を聞くたびに内容が食い違う。即興で嘘をつく性分なのだ。嘘で幾重にも塗り固められたせいで一条の生涯は、本稿でも括弧書きしているように生年から始まって謎が多い。

 しかし事実の詮索以上に、本書がはっきり浮かび上がらせたのは、一条の「芸人」としての生きざま死にざまの一貫性である。2人の人物へのインタビューがたびたび登場する。まず、一条のステージも作り話も「だましの芸」「虚構を作り上げる仕事人」と評した小沢昭一である。彼は一条を一級の放浪芸人と尊敬する。もう一人が上方漫才界の重鎮、中田カウスである。本書の冒頭で彼は、無名時代に一条の出演するストリップ小屋で漫才をしていたころを回想している。やじる客をおとなしくさせる技術を教わり、客を虜にする狂気を秘めた芸を学んだ。一条の虚言癖についても「嘘なんやけど面白い」「芸の力」と言い切る。本書の最後にも彼らは登場して、一条の芸人らしい死に方にはなむけの言葉を送っている。

 一条さゆりの葬儀は、援助者たちの手によって彼女が身を寄せていた釜ケ崎の「炊き出しの会」本部の解放会館で営まれた。雨の中、日雇い労働者たちが参列した。出棺の際に男たちが口々に「さゆりちゃん」「ありがとうな」と叫んだ場面を読んで、思わず私は泣いた。葬儀まで「芸」になっていた踊り子の一代記である。

週刊朝日  2022年11月25日号

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