声を失われた頃の美智子さま(C)朝日新聞社
声を失われた頃の美智子さま(C)朝日新聞社

 思い起こされるのは、1993年、皇后であった美智子さまが59歳の誕生日に公表した文書回答だ。

 昭和から平成の世に移るなかで、平成流皇室に対する批判の矛先は、美智子さまに向けられた。

 10月20日、誕生日の祝賀行事に出発しようとしていた美智子さまは、突然倒れて声を失った。

 最終的な引き金となったのは、皇太子妃決定過程に関連した人物からの手紙という指摘もあり、皇后バッシングで声を失ったという単純な構図ではないようだ。

 それでも、バッシングは美智子さまを苦悩に追いやった原因のひとつだ。 

 宮内記者会からの、「最近目立っている皇室批判記事についてどう思われますか」という質問に対して、美智子さまは文書でこう回答を寄せた。

<どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。今までに私の配慮が充分でなかったり、どのようなことでも、私の言葉が人を傷つけておりましたら、許して頂きたいと思います。

しかし事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます。批判の許されない社会であってはなりませんが、事実に基づかない批判が、繰り返し許される社会であって欲しくはありません。幾つかの事例についてだけでも、関係者の説明がなされ、人々の納得を得られれば幸せに思います。> 

 「批判」とは、<人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること>(大辞泉)。対して、「バッシング」は、<打ちのめすこと。手厳しく非難すること>(同)。「批判」は、ある程度の事実に基づいた意見であり、「バッシング」は、ちょっとした根拠をもとに相手を打ちのめすニュアンスだ。

 美智子さまは文書回答で、「どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います」と答えている。

「つまり、今回、眞子さまが複雑性PTSDと診断された背景について、宮内庁が『批判』という言葉を使えば、『ある程度、耳を傾け、受け止めなければならない』という含みを持ってしまう。宮内庁は、『批判』ではないと強調したかったのでしょう。だが、誹謗中傷という言葉は報道や国民を萎縮させる表現で、宮内庁がたやすく使ってよい言葉ではなかった」(前出の人物)

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