◆1ミリの誤差も妥協しない散髪

外出時にはリラックスした姿も見せた(2017年) (c)朝日新聞社
外出時にはリラックスした姿も見せた(2017年) (c)朝日新聞社

 噺家は往々にして、歌も好きで、高座でもよく歌謡曲を歌う。小三治師匠が好きだったのは、フランク永井さん。落語家になりたかったというフランクさんとはウマが合い、彼のヒット曲を歌って聴かせて、「鼻でせせら笑われた」そうだ。

 高座を離れて、はにかみながら披露するこんなエピソードに、温かな人間性がにじむ。

 理容店を経営する堀内京子さんとは、40年以上のつきあいになる。もとは堀内さんの勤める店の常連だった。当時は話をしたこともなかったが、堀内さんが結婚した数年後、堀内さんの理容店に突然やってきて、それ以降月に2回は必ず堀内さんの前に座った。

「それは、やかましい人でした。いろんなお客様がいますが、あんな完璧主義者はほかにはいらっしゃいません。ガイドラインというのですが、全体の線がほんの少しでもイメージと違うと、やり直し。1本1ミリの髪もゆるがせにしないんです。私はいつやめさせてもらおうかとそればかり考えてました(笑)」

「でも、いつからか考えが変わったんです。この人をやっていれば、私は一人前になれるんだって。私は師匠によってプロの職人に育てられた」

 最後に訪れたのは、9月の半ばだった。杖を持っていたので、「どうしたのですか」と尋ねると、「足がちょっとね。でも大丈夫」といって、その場で軽く足踏みをしてみせた。まさか、それが最後になるとは、堀内さんは今でも死が信じられない。

「死神」「らくだ」「野ざらし」……落語には、死の話も少なくない。

 若いころは、死を怖いものだと思い込んでいたから、ことさら怖く、「どうだ怖いだろう」とおどろおどろしく語った。やがて、「死ぬも生きるも同じ延長線にあるもの。そう思えば、死ぬことも怖くなくなったね」という心境に至ったと振り返る。

 リウマチや糖尿病などの持病をかかえ、折り合いをつけながら高座を務めていたから、自身の死もつねに客観的に見つめていたに違いない。

 かなわぬ願いとはわかっていながら、「最期」をまくらで語ってほしかった、と思わないではいられない。(由井りょう子)

(週刊朝日2021年10月29日号より)
(週刊朝日2021年10月29日号より)


週刊朝日  2021年10月29日号

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