作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、眞子さんの結婚について。
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「私は眞子さんを愛しています」
さすが小室圭さんだと思った。日本中がこの日を待ち、どれだけ邪悪な好奇心で待ち望んでいるかと考えたら、第一声の「愛しています」はなかなか言えることじゃない。私もいろんなパターンを想像していたけれど、「愛している」は思いつかなかった。ロン毛に続く「愛している」発言。このくらい自由な発想の持ち主でなければ、厳しい監視社会で生きている日本のプリンセスの脱出口にはなれないのだ。
会見で眞子さんは、「海外での生活拠点をつくってほしい」と圭さんにお願いしたことを明かした。圭さんが海外留学をしたことをめぐっては臆測に基づく様々な報道がされたが、そもそもは眞子さんの意思だったのだ。3年以上前から、眞子さんは緻密に日本脱出計画をされてきた。
眞子さんは「心を大切に守りながら生きていける社会となることを心から願っております」と最後に発言された。この4年間、事実に基づかない報道が、下世話な関心と誹謗中傷を嵐のように巻き起こした。その渦中にいながら反論できる立場にないまま、悔しさを噛みしめてきた時間の長さ、そのつらさが伝わる「祈り」だと思う。
眞子さんを応援する若い女性は少なくない。皇室に関心があるわけでも、圭さんをステキだと思っているわけでも、眞子さんと圭さんの関係に憧れているわけでもなく、ただ、眞子さんの置かれている状況が自分と似ていると感じるからだ。
いくら憲法24条で両性の合意だけで結婚できる時代とはいえ、この国にはいまだに亡霊のようなイエ制度が根付いている。結婚する女性の9割以上が男性の姓に変わるが、それは「男の家に女が嫁ぐ」というイエ制度感覚が抜け切れていないからだろう。いまだに結婚する人が「入籍しました」と当たり前に使うくらいに、結婚=籍に「入る」という感覚も残っている。「娘さんをください」と、女性の父親に挨拶に行く男の物語も「セリフ」として生きている。結婚式場も「○○家」「○○家」のパーティーであることが強調される。そんな2021年、イエとイエの結びつきである結婚イメージのなかで、自分の声が通らない心もとなさを生きている女性は少なくないのだ。