安倍晋三元首相の祖父の岸信介は、A級戦犯の容疑を抱え、強権的な手法も辞さなかった人ですが、戦後、社会党右派に接近した時期があります。保守合同の生みの親でもある岸氏は、国民の統合力を考え、与党の最左翼が野党の最右翼よりも左であった方が好ましいとすら考えていました。それは政権交代やそれに近い緊張感のある政党政治のあり方を考える時、極めて大切な視点です。岸氏が視察した西ドイツの政治モデルが念頭にあったのかもしれません。

 そう考えると、特定政党の半ば恒久的な政権の存続ではなく、緊張感のある政党政治のためにどうすべきかと絶えず目配りする政治家が必要です。そして与党は勝ちすぎないと同時に負けすぎないようにし、絶えず新しい風を吹き込む。そうしたリーダーが必要です。「こんな人たちには負けない」と獅子吼(ししく)するリーダーなど失格です。岸氏ですら、泉下で苦々しく思っているのではないでしょうか。

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2021年11月8日号

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