私の両極本(AERA11月8号から)
私の両極本(AERA11月8号から)

■叡智を未来へパスする

 特筆すべきは物語終盤。ある人物がこう語るんです。「生まれてきたことを肯定したら、わたしはもう一日も、生きてはいけないから」。圧倒されました。悲しみが胸に迫ってくる内容もさることながら、たった一文の美しさにやられました。一人ひとりの生に対して問いかけるものでありながら、社会に対しての問いかけでもあるような、すごく大きな作品です。

 川上さんは詩集もすごく面白いですよね。ポップミュージックって、彼女に比べたら全然自由じゃないなと思っちゃうというか。そういう意味で見習うところがたくさんあります。

 文化人類学者の松村圭一郎さんの『くらしのアナキズム』は、読んでよかったなと思った本です。デヴィッド・グレーバーの著書や、ジェームズ・C・スコットの『反穀物の人類史』なども読んだのですが、それらの理解しきれていなかった部分を説明してもらえた感じがしました。僕は民俗学にも興味があって、少数民族に関する本とかも読みかじったりするんですが、例えば文字を書くことの政治性についてとか、そういう放射している自分の関心事をわかりやすく貫いていただいた感じ。自分の中でうだうだ考えてたことが、時折こういう本の登場によって整理されつつ、さらに角度を広げてくれもします。

 少し大げさな言い方かもしれませんが、本を読むことは人類の歴史に連なることだと思うんです。つまり、読むことで僕らは過去の叡智を受け取り、未来の人にパスを出している。その役割って、すごく責任重大だと思うんです。

(編集部・藤井直樹)

AERA 2021年11月8日号

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