一冊の本と最適な環境で向き合ってほしい──。そんな思いによって生まれたサービスが今、人気を集めている。読書の現場の最前線を取材した。AERA 2022年11月14日号の記事を紹介する。
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扉を開けると、照明を落とした店内に人の姿が浮かび上がった。ソファに身を沈める男性、コーヒーとチーズケーキを楽しむ女性。誰もが手元の本に視線を落としている。東京都渋谷区初台にある「fuzkue(フヅクエ)」は読書専用のカフェだ。
「自分が本当に本を読みに行きたいと思う店を作れたら、同じようにいいと思ってくれる人がいるのではないかと思いました」
と店主の阿久津隆さん(36)は語る。本が読める場所を求めてブックカフェ、喫茶店などを回ったが、隣席の会話、音楽、照明などが気になって集中できない。ならば自分でと8年前にこの店をオープンした。
読書空間へのこだわりは徹底している。入店すると緑色の小冊子を渡される。メニューを兼ねた案内書き、いわば店のルールブックだ。おしゃべりはできない、パソコンは使えない、ペンの使用も控えめに、といったルールとその理由が1万字以上も書かれている。
■静寂が生む温かみ
みんなで協力して静かで快適な環境を保つという考え方なので、当然、店の人も音に気を配る。コーヒーを出すときはカップの端をテーブルにつけてから2段階で着地させる。避けられない音は連続性を持たせて不快感を軽減する。たとえば、コーヒー豆をミルにカラカラと入れたら間をあけずにスイッチを入れてガーッと挽く。突然の音より脈絡のある音のほうが耳にやさしい。熟練してくると電子レンジの通知音を消していても、出来上がりの気配がわかるようになるそうだ。
こうして生まれる空間にはなぜか温かみがあり、本を読みふけっていてもいいんだ、という気にさせてくれる。
阿久津さんは大学卒業後に生命保険会社に就職し、配属先の岡山で営業をしていた。3年で退社してカフェを立ち上げ、首都圏に戻ってfuzkueを開業した。経営はまだ厳しいものの、2年前に下北沢に2号店を、昨年はフランチャイズ方式で西荻窪店を開店している。