■話したらきっと引かれる
中学に入ると友人関係も広がり、挨拶替わりに聞かれたのが「何人きょうだい?」という言葉だったようです。
双子だと言えば長女が学年に在籍していないことは不自然であり、この頃の次女はなんと答えればいいのかと戸惑っていました。
「誰も、ゆうがゆうだとは想像できないでしょ? 話したらきっと引かれる」
親としては、「隠す必要はない」と伝えたいと思いましたが、多感な中学生の世界には彼女なりの立場もあるはずです。
私は「言いたいことだけ言えばいいよ」と言い続けました。
そんななか、総合の授業で【私が生まれた時のこと】というレポート課題が出ました。
次女は明らかに不機嫌で、提出期限だと言っていた日の前日になっても、まったく手を付けませんでした。
■書きたくないこと書かなくていい
ぴぴ 「この内容、小学校からもう何度も書いたよ。誰かにこんな話をして何になるの?」
私 「誰かではなくて、自分自身にってことなんじゃないの? でもね、ママはぴぴちゃんはもう充分に自分の生まれた時のことを理解していると思うから、書きたくないことは書かなくていいと思う。別に改めて感謝する必要もないし、無理して家族に見せる必要もないよ」
これは私の本心でした。
このレポートの趣旨は、自分が生まれた時の状況を詳しく知ることで家族の中で大切な存在なのだと感じ、命あることに感謝しようというものです。
でも、すでに次女は家族の命と何度も向き合い、さらに自分が生まれた時のことと言えば今の長女の状態とも紙一重であり、出生時にほんの少し何かがずれただけで、双子であってもまったく別の生活を送らなくてはならないことも、『出産=幸せ』だけでないことも、彼女は私よりずっと身を持って知っているのです。
次女はレポートを書かないことを怒られると思っていたようでしたが、私の言葉が意外だったらしく、「ふーん」と言って自分の部屋に戻りました。
そして2時間半後。どんな心境の変化があったのか、書き上げたものを見せてくれました。
【私は出産予定日から3カ月も早く5月に生まれて来ました。私より1分早く生まれた双子の姉は「うにゃー」と一度だけ泣いたそうですが、私は全く声が出なかったそうです。その後、私たちは母に会う余裕もないままNICUという新生児集中治療室に運ばれ、本来の予定日だった8月まで保育器に入って育ちました】