「15年くらい前に、自分では初めてに近いソロのステージをやったところ、その体験が強烈だった。それでライブをやることに目覚めて、最初は自分の古いオリジナル曲を演奏してたんです。でも続けるうちになにかネタが欲しくなって、いろんなカバーをやり出した。昔聴いていた古いブギウギとかカントリーとか」
「初めは演奏できそうもない音楽だと思ってましたけどね。それがだんだんできてきて、ここ数年は楽しくなってきた。その結果、アメリカでライブをすることになったんです。いちばん怖い場所ですよ、本場だから。でもブーイングを覚悟してやってみたら、あまりにも反応がよかったので力が抜けちゃった(笑)」
細野はステージからアメリカの観客に向けて、「今回はアメリカの音楽を僕がどんなに愛しているかわかってもらうために演奏しています」と、このツアーに込めた自身の思いを英語のMCで伝えた。
「なぜ日本人がブギウギやカントリーをやってるのか、みんな不思議に思うだろうと予測してたんです。だから英語でちゃんとメッセージを伝えなきゃいけないと、そんな覚悟がありましたね。自分がやってきた音楽活動の元にはアメリカ音楽への憧れがあるので、今回はお返しをするつもりだと。そう考える日本人がいるということを知ってもらいたかったんです」
映画ではそんな2019年のツアーを、コロナ禍の真っただ中にある現在から振り返るという構成が取られている。それは細野の発案によるものだ。
「そうせざるを得ませんでしたよね。つい2年前の出来事なのに、あの日が遠い過去のように思えて。特に2020年は外に出ないで閉じこもってたから孤独だった。そういう時期を経て、いまは楽しい時代が終わったんだなという気持ちで過ごしてるわけです。だから勝手にカメラを回して、言いたいことを言わせてもらったんですね。とにかく何か言いたかったので」
やむにやまれぬ思いに突き動かされ、細野はiPhoneのカメラを起動し、いまの胸中を語った。そこで吐露される、「自由が制限されて全体主義に進んでいるのが怖い」という訴えには、私たちの胸を突き刺すような強い説得力がある。
「あの場面を撮影したのはこの夏の最中でしたけど、あれからますますその思いが強くなってきましたね。非常に恐怖を感じます。世界全体がますます不自由に、ますます閉塞していくような気がする。だから希望を持てるという感じがないんです。とても悲観的になってますね」