「図書館でも通常の書店でも、本棚の前で会話する光景はほとんど見られませんが、ちえなみきでは本を手に取りながら会話している人が多いのが特徴です。一番うれしいのは、店内の本棚の奥に行けば行くほど、お客さんがいること。本との偶発的な出合いや、人と人の交流が生まれるよう空間デザインや選書を工夫した成果だと自負しています」
こう話すのは編集工学研究所の野村育弘取締役CFOだ。
■予期せぬ出合い
ちえなみきにはモデルがある。09年から3年間、編集工学研究所の創設者で取締役所長の松岡正剛さんと丸善雄松堂の共同開発プロジェクトにより、丸善丸の内本店内に実験的に開業した「松丸本舗」だ。
それぞれの本がもつ「知」を独自のテーマで分類し、フロアを回遊したときに「予期せぬ出合い」に遭遇できるよう演出された空間デザインや選書のエッセンスが、ちえなみきに応用されている。
2階建て延べ面積約750平方メートルのフロアには計120の座席がある。飲料の持ち込みも自由だ。
段違いの棚板のある「違い棚」や、扉を開けないと中がのぞけない棚。迷宮のように入り組んだ配置の本棚には約3万7千冊が並ぶ。半開きの引き出しの中に隠すように収められた本、背伸びしないと届かない本もある。丸善雄松堂の鈴木康友リサーチ&イノベーション本部長はこう説明する。
「通常は通路に対し書架を平行または垂直にレイアウトするのが基本です。1列に整頓された本が並ぶ棚は、目的の本を探しやすい半面、自分が興味のある本以外は目に入りにくくなります。『探しやすさ』という普通の書店に求められる効率的なレイアウトやデザインではなく、注意や関心を惹き起こすよう利用者に能動的な行動を促すことを考慮して、あえていびつなレイアウトにしました。書籍を探す楽しみや、お店を探検するような好奇心を堪能してもらえるはずです」
選書も独特だ。古典からロングセラー、絵本まで普通の書店では決して一つの棚に並ぶことのない本が、「文化」や「生活」「歴史」「生命・科学」といったテーマごとに直感的な文脈のつながりで集められている。絶版になった古書と新本(一般流通本)を一緒に並べて販売しているのも通常の書店、古書店と大きく異なる点だ。鈴木さんは言う。
「ネット書店の検索でも、結局は興味や関心のあるジャンルやキーワードを使うので、偶発的な新しい本(=知)との出合いは起こりません。一つのテーマのもとに表現される書棚をネットで作り出すのも困難だと思います。そういう『編集されたリアルな本棚でしか出合えない』価値をちえなみきでは体感してもらえると思います」