
この秋、三谷幸喜さんが手がける舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」に出演する浅野和之さん。今でこそ名バイプレーヤーとして知られるが、その役者人生は三谷さんとの出会いで大きく変わった。きっかけは、三谷さんがタレント名鑑の「あ」の欄から代役を探し、浅野さんに声をかけたことだった。大抜擢の裏には芝居へのひたむきな姿勢があった。
「あ行」から始まった偶然とはいえ、実力があるのに世間に知られていない人を起用したというのは、まさに20年前の浅野さんに起こった奇跡。そして、その奇跡が生まれたのは、大好きだった舞台に立ち続けたことからくるものだ。
「演劇に取り憑かれていた時期は、ただ演劇が好きで、それ以外の言葉では説明できなかった。でも、今思えば、演劇の醍醐味は、お客さんの前で何かをやるライブ感。そこに集約されるような気がします。実は一昨年、新型コロナウイルスが世の中に広がり始めた時期に、京都の南座で上演するはずだったスーパー歌舞伎IIの「オグリ」が、大事をとって上演中止になったんです。でもせっかくだから、映像だけでも残したいというので、南座の舞台で、お客さんを入れずに収録したことがありました。そのとき、お客さんのいない舞台で本番をすることは、こんなにつらいものなのかと。芝居が終わっても何の達成感も得られなくて、何というか……空振りしたような気分でした」
ゲネプロと呼ばれる本番直前の公開稽古なら、「次に本番がある」と思えるから頑張れる。なのに、お客さんが一人もいない劇場で、全力を出す間は、つらいとか苦しいというよりも、ただただむなしかった。
「会場に、たとえば3分の1しかお客さんが入っていない舞台なんかも、もちろん経験したことがあります。でも、10人でも20人でも、わざわざ見に来てくださったお客さんがいれば、絶対に手は抜けないんですよ。若いときは、目立つ役も、いいセリフももらえない役者仲間が、『俺のことなんか誰も見てねえよ』なんて言っていたこともあるけど、私は『それは違う!』と思っていた。『誰か自分を見てくれている人が絶対いるはずだ』って思いながらやらないと、モチベーションにならないじゃないですか」