「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。今回は、非常事態宣言下のタイの繁華街の“裏緩和”について
* * *
タイのバンコクを訪ねた。タイは11月から観光客でもタイランドパスを申請して許可を得れば、1泊のホテル隔離ですむシステムをとり入れていた。
タイランドパスは、ワクチン接種証明書、新型コロナウイルスに罹ったときの治療費の保険、1泊隔離のホテルのバウチャーなどを添付して申請するもの。許可が降りると、72時間以内のPCR検査の陰性証明を持参し、タイに向かうことになる。
タイに到着後、再度、PCR検査を受け、その結果が出るまで約1日、ホテルに滞在。陰性なら自由に旅をはじめることができる。
新型コロナウイルスの感染拡大への不安とせめぎあう経済活動。それはタイも同じ状況だ。今年の8月には、連日、2万人を超える感染者が出ていた。その記憶はまだ鮮明で、しばしば行われる世論調査でも、タイランドパスの政策に6割の人が不安を抱えているという結果も出ている。
アジアの多くの国々が、観光客を受け入れたいが……という思いの前で立ち止まっているが、タイは一歩、先に出たわけだ。
しかしこのタイランドパス政策、バンコクの飲食業界では別の文脈でとらえられている。外国人観光客の入国は緩和したが、タイは非常事態宣言下にある。飲食店のアルコール類の販売は制限され、注文は夜の9時まで。10時以降は提供してはいけないことになっている。
ところが……。バンコクの中心街であるシーロム通りの路地にテーブルを並べる店に入った。焼き肉の店だった。夜の8時半ぐらいだった。急いで焼き肉とビールを注文すると、店員は囁くような小声でこう伝えてくれた。
「午前1時まで料理もビールもOKですからゆっくりどうぞ」