今の日本の政治家のうちに日の丸・君が代への敬意を醸成するために必要なのは「敬意に値するほどに市民的自由を尊重する国になることだ」と言い切る人がいるだろうか。「いいから黙って敬意を示せ」と強制する人と、「それは内心の自由の侵害だ」と抵抗する人の2種類しかいないように私には見える。対立はあるが葛藤はない。「どうすれば人々は国旗・国歌に自然な敬意を示すようになるだろう」という根源的な問いは誰も口にしない。だが、国民の信託に値するに足る統治機構を創り上げるために私たちには何ができるかを国民がまず自分に問うところからしかほんとうの意味での民主主義は始まらない。
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
※AERA 2022年11月7日号