タイトルにある「D」とは、Dランクを意味している。父親の経営する学習塾で、琴美はDランクの生徒だったのだ。そして出来のいい妹はAランク。なにをやっても褒められないDと、ちょっとしたことで褒められるA。どこの兄弟姉妹にもありそうな、しかし、とてつもなくしんどい格差である。
家父長制と能力主義のヤバいところをじっくり煮詰めたような話なので、軽快に読み進められるわけではない。むしろ、じっとりと重い空気を感じ、浅く呼吸しながら琴美の人生を追っていくことになるのだが、ラスト近くで起こる「あること」が、風向きを一気に変えてくれる。どれだけ年を取り、足腰が弱くなっても元教師としての威厳を保っていた父親が、ただの人間に思えるような瞬間がやってくる。この展開があまりに意外で、おもしろくて、思わず声が出てしまった(そうくるか!)。
親の神格化が終わるとき、親子関係は大きく変わる。父親からジャッジされ続けてきた娘が、今度は父親をジャッジする。しかし、そんな反転が起こっていることを、父親はまったく知らない。彼はいつも通り暮らしているだけだ。つまり老父を痛めつけてスッキリするような、わかりやすい勧善懲悪は描かれないのである。淡々と続く日々の暮らしの中で、琴美の認識だけががらりと変わる。「学生の時、父にとってDランクだった私は、大人になった今でもDのまま。でも、背伸びをしてAランクを目指すことは、やはり、できないのだ」という言葉も、単なる自己卑下ではなくなっていく。
自由になりきれない長女をやっている人にも読んで欲しいし、アイドルファンにも読んで欲しい。神格化がまだ続いていると信じる父親が読むとちょっと凹んじゃいそうだが、親子関係を見直すきっかけになるのは間違いない。
※週刊朝日 2022年10月28日号