いや、できなくて途中で終わって悔いが残るのも人間らしくていいではないか。自然にさりげなく死ぬ時が一番私らしくあればいい。
そこで私にとって一番生きやすい環境や考え方をまとめて、『老人をなめるな』(幻冬舎新書)を上梓した。そう思ってまわりを眺めてみると、老人や弱者にはまことに生きにくい世の中である。
エスカレーターの速度は若者の速度に合わされているし、横断歩道も渡り切らないうちに赤信号に変わる場所がある。ケアハウスではお歌やらお絵描きやら、みな同じことをやらされ、その人の歩いてきた人生や個は無視される。その方が効率的で管理しやすいからだ。
「年をとることは個性的になること」と私は言っている。老人としてのくくりに入らぬようにして、棺を蓋う時が一番私らしくありたい。
こどもの日があるのだから敬老の日があってもいいが、特別にそんな日を設けなくとも、老人が生きやすい社会は誰にとっても優しい社会であるはずだ。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2022年10月14・21日合併号