手元の辞書では、話に耳を傾ける際でも「聞こえる」が正しいとあった。多くの辞書にあたっても「聴こえる」を載せているものは見つからなかった。
ゲラ(校正刷り)を戻す際、辞書のコピーを添付し、「聴こえる」は「『本来は誤り』とする辞書もあるようです」と鉛筆で記した。「だけど、しばらく心の中はもやっとしていました」という。「誤り」かもしれないが、著者にはそう書く理由があったのではないか。
「著者に『校正』は絶対でない、注意喚起くらいに思ってもらえたらいい。鉛筆を見て、ああここが気になったんだ。読者もそうかもしれないから検討してみよう。そう考えてもらえたら、目的は達成したことになると思っています」
赤字で記すのは明らかな間違いに限り、疑問は鉛筆にする。校正中に消しゴムをかけることが度々ある。
「そうやって迷っている時間が結構あります。著者にどんどん聞けてしまえたら早いし楽だろうと思います。けれども、わたしが育った現場では、聞くべきことを絞って簡潔に聞きなさいと教わってきましたから」
「最近ちょっと嬉しかったこと」を訊ねると、「夕焼け空」と答えた。「仕事の手を止めて、廊下まで見に行ったりするんです。一瞬ですけど、飽きないですね」
(朝山実)
※週刊朝日 2022年10月7日号