「祖父と僕が時を隔てて同じ朝日新聞社に世話になったのは奇妙な縁ですね」
房之介さんは週刊朝日で「デキゴトロジー・イラストレイテッド」「ナンデモロジー學問」などの連載を14年にわたって担当した。
房之介さんがさらに漱石に対しての意識を変えたのが千円札の肖像が伊藤博文から漱石に変わったときであった。
漱石の肖像が使われることで房之介さんの父は、「オヤジ(漱石)も喜ばないし、自分も好きじゃない」と殺到する取材に怒った。
その状況に、房之介さんは、父とは違う対応をした。メディアで仕事をした経験もあるので、どう振る舞うのがよいかの判断もできていた。漱石についての取材も受けるようにしようと心境が変化したという。
もう一つ房之介さんと漱石の関係を変化させたのが、「BSマンガ夜話」などのテレビへの出演である。房之介さんはすでにマンガの解説などで注目されており、その番組でマンガについて表現手法などや作品の解説を独自の切り口で紹介し、好評を得た。さらに学習院大学大学院に新設された身体表象文化学専攻の教授に就任し、マンガを学問へ昇華させ、漱石の孫ではなく「夏目房之介」を確立した。
「漱石の孫の房之介ではなく、夏目房之介の祖父が漱石というふうになればいいなって思っていました。でも生きているうちには無理だろうなと思っていたら、それができたようですね」
と房之介さんは少し照れくさそうに話す。
その言葉どおり、学習院大学の学生をはじめ若い人のなかには、夏目さんのおじいさんって、夏目漱石なんですね、と驚く人もいるという。
とはいえ、漱石の血筋であり、孫であることは間違いない。似ていると感じたことはないのか。
「漱石には会ったこともないんですが、性格は似ているところがあるでしょうね。突然怒りだすところなんか、そうかもしれないですね。オヤジもそうだったし、僕の長男にも、怒りだすことに関して『お前もそうだろう』と聞いたこともあります。でも漱石に比べて少しずつよくはなっていると思いますけどね」