別れの後は、自分の出頭が控えている。正月明けの1月4日、整骨院の院長に、
「実家で親の看病をするので辞めたい」
と電話を入れた。室内にあった冷蔵庫の食品を処分するなど片づけ、荷造りを始めた。
「当初は平田の出頭の騒ぎのほとぼりがさめるまでウイークリーマンションに身を隠し、報道が落ち着いたら、出頭しようと思っていた」(明美容疑者の供述)
ところが、1月7日に平田容疑者から明美容疑者の存在を聞いた滝本弁護士から携帯電話に連絡があり、9日夕に東大阪市の自宅マンションで会った。
部屋にあった食材や食器などの荷物を段ボール2個に、平田容疑者の衣服類などは中型のスーツケースにまとめて、滝本弁護士の訪問を待った。
律義な性格なのだろう。
部屋を出る前に、「大家さんに迷惑をかけたくない」と窓や床をふこうとした。だが、滝本弁護士に慌てて「平田容疑者の指紋をふきとると証拠隠滅になるのでやめてほしい」と制止され、やめた。
そして、一つのカバンを滝本弁護士に預けて、こう言った。
「被害者のご家族に渡してほしい」
中身はジャスト800万円だった。
原資は95年に教団の元女性幹部から渡された1千万円の逃走資金だが、大阪に来てから明美容疑者が稼いだカネをコツコツと足していったものだという。
出頭する直前、明美容疑者は滝本弁護士の携帯電話を借り、故郷の両親が住む自宅へ電話。逃亡後はじめての連絡だったが、未明のせいか誰も出ず、留守電にメッセージを吹き込んだ。