経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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ついに正念場がやってきた。年明け早々、円安が急ピッチで進んだ。1月4日の段階で、1ドル=116円台という5年ぶりの安値を付けたのである。
今後の展開は、実に予断を許さない。円安進行の要因は、日米金利差の拡大観測である。米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が、金融大緩和モードからの最終的な脱却を急いでいる。本格的な利上げ実施への準備に入っているのである。
FRBのジェイ・パウエル議長は当初、「物価上昇は一過性だ」と言っていた。だが、いまや、「一過性」は彼の辞書の中から消えた。市場は、FRBの性急過ぎる利上げが、このところの景気拡大に水を差すことを警戒している。だが、パウエル議長の目は足元の景気より、先行きのインフレにはるかに鋭く焦点を合わせている。
米国が明確に利上げシフトに転じれば、日本は窮地に陥る。日本の金融政策は、いまだに「異次元緩和」の世界にどっぷり漬かり込んだままである。そこから動きようがない。なぜなら、日銀が異次元の世界から帰還するということは、日本でも利上げが始まることを意味する。
そうなれば、日本国債の利回りも上がり始める。そして、巨大な借金残高を抱える日本政府は、債務返済負担の急膨張に見舞われる。この事態が現実となることは、許されない。日本政府の財政破綻(はたん)が顕在化してしまうからである。この事実を隠蔽するためにこそ、この間の日本銀行は「異次元緩和」と称して、政府のための国債買い取り機関に徹してきたのである。
かくして日本は利上げが出来ない。だが日米金利差の拡大を放置すれば、日本から資金が流れだす。国内では金利を稼げないジャパンマネーが、日本を見捨てて出稼ぎに行ってしまう。この流れが巨大化すれば、日本経済は資金枯渇でミイラ化する。
利上げをせずにミイラ化を阻止しようとすれば、金融鎖国に踏み切るしかない。その先には、統制経済化が待っているかもしれない。ご都合主義的に異次元に出かけたりすると、こういうことになる。初夢は悪夢の日本経済だ。そして、この悪夢は正夢であるかもしれない。正月早々、物騒な話で恐縮ながら。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2022年1月17日号