ピアノのバージョンで
翌24日のショートプログラム(SP)は新たなプログラム「序奏とロンド・カプリチオーソ」のお披露目となった。
バイオリン演奏が主流の曲だが、ピアニストの清塚信也さんに編曲と演奏を依頼し、アレンジしてもらった。「ピアノのバージョンで滑ったらより自分らしくなる」と考えたからだ。
羽生が以前、ピアノ曲について、語ったことがある。
「一つ一つの音が繊細。ピアノソロだからこそ出てくる旋律や音楽のきれいさ、シンプルさがある」
「(僕の)イメージだと音符があって、その上を振り付けをしながら滑っていく」
14~15年シーズンから2季連続で使用したショパンのピアノ曲「バラード第1番」について15年夏に話した時だった。この曲を平昌五輪でも使用し、連覇を成し遂げた。
「もともとの物語とかそういうのがなく、それを表現する」のがピアノ曲の難しさでもあると言う。ただ、その分、自由に曲に意味を込めることもできる。羽生は振付師やコーチ陣と意見交換を重ねながら、今季の新プログラムの物語を作った。
前半は切なさがあり、繊細でゆったりとした振り付けが特徴だ。
「暗闇から、思い出が色々ちらついて、自分が歩んできた道のりみたいなものが蛍の光のようにぱっと広がって」
最高の形でフリーに
最初のスピンを終えた後は力強い鍵盤をたたく音が響く。「そういうのを全部エネルギーにして、何かに向かってがむしゃらに突き進んで、最後は意識が飛んでいるような感覚の中で何かをつかみ取る物語」
初めての挑戦で、その世界観を表現した。三つのジャンプを成功した以上に驚かせたのは演技構成点だ。「曲の解釈」は10点満点。「練習では1回もノーミスでできていなかった」というプログラムを見事に演じきった。111.31点をマークし、首位に立った。
苦労を経て、つかみ取る。羽生がSPで表現したのは、クワッドアクセル成功への自身の道のりでもある。最高の形でフリーにつなげた。(朝日新聞スポーツ部・岩佐友)
※AERA 2022年1月17日号より抜粋