記者を辞め、タクシー運転手としてその後の日本の経済的繁栄に揺蕩(たゆた)う「声なき声」を聴き続けた祖父を思い、伊知哉は今後記者としてどう生きるべきか、自問自答する。
「違う時代を生きる二人の記者を演じる上で、『血の繋がり』が役を理解するフックになった」と語る瀬戸の演技はジャーナリストの挫折と悔恨を見事に表現していた。「真実に辿(たど)り着くための探求心。吾郎から伊知哉、祖父から孫へ、受け継いだ部分を意識しました」
作者の瀬戸山美咲はこう言っている。
「ここ数年、私は政治が国民に対して言葉を尽くさないことと、メディアの多くがそれを批判する言葉を持たないことが気になっていました。しかし、実はその状況は今に始まったことではなく、60年代からすでにあったことがわかりました」
『彼女を笑う人がいても』というタイトルは、物語のモデル樺美智子の詩から考えたという。
「誰かが私を笑っている/こっちでも向うでも/私をあざ笑っている/でもかまわないさ/私は自分の道を行く」
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2022年1月21日号